Diary Back Number

  ■お久しぶりです
お久しぶりです。しばらく更新サボってしまいました。忙しくてつい!
言い訳ですけど。
いよいよある本番と言いたいところですが今年は天気がなんか変ですね。今日も寒く・・・。もうすぐ連休ですが皆さんは同過ごされますか。私関西へ遠征です。KYCでレースが行なわれます。レースレポートお楽しみにでは。


2006/4/26-Wed
  ■桜咲いてもまだ寒い
桜の開花で一気に暖かくなると期待していましたが、この週末も寒かったですね。私は少し風邪ぎみです。
 しかし寒くてもやはり春は確実にやってきています。各マリーナで多くのセーラーが活動をしていました。整備をする人・練習をするチーム
レースに出ているチーム、海は多くのセーリングボートでいっぱいでした。私は葉山マリーナの倶楽部レースにチーム祖国丸で参加。葉山は相変わらず多くの参加者が楽しくセーリングをしていました。


2006/3/26-Sun
  ■KYC
KYCスプリングレガッタが3月18・19・21の3日間で開催されました。春の到来が今年は少し遅いようでレー期間中は真冬を思わせるような寒さが続きました。初日には前線の影響で冷たい北風が吹き荒れました。
 参加艇昨年より若干少なく、ジャパンカップを2連覇したスレッドも大規模なメンテナンスのため今回は参加していませんでした。

 初日にトラブル続出!
セレッソにとって最初のレガッタになった今回のレースでしたが、初日の強風にトラブルが続きなんと1レースでスピンを3枚も破くと云う失態をしてしまいました。艇が大きくなった事でチーム全体のコミュニュケーションが特に強風時に上手く取れなかった事が原因でした。レース終了後ミーティングを行い原因とこれからの対策をかなりの時間を割いて行ないました。2日目以降は初日の経験からにチームとしての精度が飛躍的に上がり逆転優勝と言う結果を出しました。
 しかしまだ新しい艇になり取り組まなければならないプログラムは山ほどあり9月のジャパンカップに向けて時間がたりないのが現実です。
短い時間でどれだけ性能を上げられるかがこれからの最大の課題になります。


2006/3/23-Thr
  ■KYC
JPN 6262 CEREZO 12.000 1
JPN 6159 WAILEA 12.000 2
JPN 2211 CARINO 26.000 3
JPN 3000 SUMMER BOY 27.000 4
JPN 5555 SWING 30.000 5
JPN 1725 SUMMER GIRL 34.000 6
JPN 3336 TACK 37.000 7
JPN 5252 CHOVE CHUVA 40.000 8


2006/3/23-Thr
  ■レース中止
 今日はズシマリーナヨットクラブのアリエルで倶楽部レースへ参加してきました。しかし天気予想をおおきく上まわる強風のためレースは中止になってしまいました。クラブハウスにてレースの中止を聞くと同時にビールのオーダーをしていたのはオーナーの村瀬さんでした。こんな日もあるよね!レース後に予定されていたパーティーをお昼にくり上げてお寿司がテーブルルに並び昼間から大盛り上がりでした。レースがあってもなくても楽しいのが一番!。それって大事ですよね。
 夕方になって一段と強くなり江ノ島では40ノットを超えていたそうです。このメールを書いている今でも(夜8時30分)家の前の山がゴーゴーと、うなっています。


2006/3/12-Sun
  ■沖縄への思い
1972年5月15日に沖縄はアメリカから日本へと返還される。当時沖縄で暮らしていた父と母はアメリカ人だったのだ。その事を証明するように30数年前に初めて父が神奈川の親戚を訪ねて上京した時はパスポートを必要としたそうだ。無論沖縄で青年時代をすごした父や母は給与を米ドルでもらっていた。

 僕はそんな時代を生きた両親の末っ子の長男として沖縄返還の3日後の5月18日に誕生した。生まれたのは神奈川県川崎市。父が親戚を頼り上京してきて数年後の事。川崎生まれ川崎育ち。しかし昭和50年代頃、けして安くはなかったはずの沖縄までの航空運賃を出して僕を沖縄へ連れて行ってくれていた。記憶にあるだけでも多くの夏は父や母の実家で過ごした楽しい思い出がある。
 初めて行った海も沖縄の美しい海だった。中学に入り従兄弟といった初めての湘南はあまりにも沖縄の海とギャップがあり驚き足を海につける事をためらうほどだった。

 沖縄で過ごした時間はけして多くはないが僕にとって沖縄はルーツそのものだ。言葉にはしにくいが何時もどんな時も、小さな頃から中心にあったような気がする。伊藝と言うな名もそんな思いを強くしたのかもしれないし、中学生頃から伸び始めた父譲りの濃いひげや胸毛もかな!
 遠くの親戚より近くの他人って言うけれでオバーやオジー親戚のみんなが事ある事に僕の話題をしてくれるし僕も沖縄の親戚が気になる。
 方言で「うちなんちゅー」沖縄の人と言う言葉がのがある。
僕は沖縄に住まないうちなんちゅうーなのだ。何時もそう思っている。

今回サバニの話をもらったときは本当にすごく嬉しかった。
 きっと僕がうちなんちゅーだから誘われたと思った。サバニの合宿中にその事を聞くと「当たり前だ」といわれた。海に関わっているからだとかセーリングをしているからだと言う訳ではなく、僕がうちなんちゅーである事が必要だったと聞いて本当に嬉しかった。
もうすぐ沖縄返還から34年目を迎える。僕も34歳である。昨年2児の父になった。僕も父が教えてくれたように出来る限り沖縄を息子達へ伝えていければと思っている。

今年の7月サバニにのって僕は沖縄の海を走る。
楽しいしい夏になりそうだ。


2006/3/10-Fri
  ■沖縄へ
明日から久しぶりに沖縄へ行きます。今回はヨットではなく沖縄の伝統的な漁船のサバニに乗りに行きます。サバニって!なに?皆さんあまり
知らないと思います。僕も乗るのは初めて。それで何するの?そう思うでしょ。そんな疑問に沖縄からお答えします。お楽しみに。


2006/2/20-Mon
  ■ヘリーハンセン
今日お台場で行なわれたヘリーハンセン(総合アウトドアーメーカー)のウエアー展示会に行ってきました。新作のウエアーを見せて頂き、又中村匠選手がヘリーハンセンからウエアーを提供して頂いている関係でシエスタマッチレースチームにジョイントしている僕もお世話になっています。ご挨拶を兼ねてお邪魔してきました。
そこで今年のカタログをいただき!ちょっとビックリ!!
 昨年のNZマッチレースへへ行った時にカタログの撮影を行なったのですがそのとき撮影した写真が数枚06年のカタログに使用されていました。僕もおまけで載せてもらっています。もしカタログを見る機会があれば探してみてください。何処かにいます。


2006/2/15-Wed
  ■春一番
南よりの風が気温をどんどん上昇させて心地よい一日でした。葉山の海はキラキラ光る波がとても綺麗でした。天気予報で春一番になるかも?!って言ってたけどどうだったんだろう?
 2月のこの時期は多くの浜でわかめ漁が解禁になりあちらこちらにわかめを天日干しする光景を目にするようになります。当然こんな強い風が吹いた翌朝は浜にわかめが打ち上げれるんです。それを拾っても漁師さん達には怒られません。だって落ちてるんだから。当然ですけど。気合を入れれば持ち帰れないほど拾える事も。去年は3週間くらい毎日わかめ食べていました。今年はどうかな?明日にでも散歩しながらわかめ拾いに行ってきます。風が吹くと海の幸が舞い込む葉山です。
もうすぐ春。


2006/2/14-Tue
  ■國央選手 オリンピックキャンペーン
友人の國央君が現在スター級でオリンピックキャンペーンを開始しました。貴重なレースレポートを送ってくれましたので皆さんにご紹介したいと思います。
レポートの最後に彼の公式サイトも掲載してありますのでご覧頂き、応援してあげて下さい。宜しくお願い致します。

                        伊藝

Rolex Miami OCR 2006

1. First Regatta 
2005年3月にオリンピックキャンペーンを開始してから10ヶ月が経過し、和歌山マリーナをベースに、週3〜4日のトレーニングプログラムをこなしてきました。プログラムの内容はセールセッティング、ハンドリング、基本動作、マーク回航を中心としたもので、レーザーでオリンピックキャンペーンを行っていたときと同じ内容をベースにとしてきました。日本国内には我々のチーム以外にオリンピックキャンペーンを行っているチームがない上、東京オリンピック以降オリンピックに出場していなかったクラスのため、スター級に関するノウハウの蓄積が全くなく、ビデオや写真の分析、セールメーカーやマストメーカの示すチューニングガイドやハンドリングガイドの参照などにより、試行錯誤しながらレガッタに出場するための準備を行ってきました。8月にロスで行われた北米選手権に出場する予定だったのですが、クルーの和田選手が骨折してしまったため、今回のMiami OCRを初めてのレガッタとして選びました。この大会はISAF Grade 1の大会で、アメリカ国内はもとより、南米やヨーロッパの選手達も冬場のトレーニングとして参加する、非常に規模の大きな大会です。特にスター級には今回19カ国、69艇のエントリーがあり、9月にサンフランシスコで行われる世界選手権の前哨戦といった位置づけです。オリンピックには2007年と2008年の世界選手権で上位15カ国以内に入った国に対して権利が与えられます。前回のアテネオリンピックには22カ国がスター級の世界選手権に参加しました。
今回の大会では是が非でも国枠の取得可能な15ヶ国以内、出来れば10位以内の入賞を目標に立てました。また日本で磨いてきたテクニックの確認、方向性の検討、情報の収集などを行いました。

2. About the Star boat
 セーリングボートは、アメリカズカップやVOLVOオーシャンレースで使用されている、船底に鉛の重りを装備した“キールボート”と、レーザー級や470級などのように乗員の体重だけでボートのバランスを調整する“ディンギー”に分類されます。現在オリンピック種目の中で、“キールボート男子”がスター級にあたります。
全長6.9b、最大幅1.7b、帆走重量670s、セール面積26.5uのプロフィールは、J24級と同程度の全長、470級と同じ最大幅、J/24級の半分の重量、J/24級と同じセール面積であり、セーリングボートの性能は、セール面積が同じであれば、艇体が長く、細く、軽いほど高性能になることを考えると、かなり高性能なボートであることがプロフィールからも想像できます。
このボートに対して巨大なセールを操るためには、2人合わせて200sの体重が必要であり、470級と同じ様な太さの非常に柔らかいマストを使用し、マストを横方向に支える最大幅よりも広いスプレッダーに、アッパー、ロアー、インターと呼ばれる左右三本ずつのシュラウド(ロッド)、縦方向に支えるフォアーステイ(ワイヤー)、マストのベンドをコントロールする左右のアッパーバックステイ、ロアーバックステイ(ワイヤー)の合計11本により構成されています。470級が3本のリグだけで構成されていることを考えると、非常に複雑な構造となっており、ミリ単位の非常に細かな調正が要求されます。

3. Star Boat #7979
 当初の予定では今回のMiami OCRに参加するため、ボートをチャーターするつもりでしたが、アメリカ国内でのチャーターボート費用が非常に高いこと、9月にサンフランシスコで世界選手権が行われること、スター級はヨーロッパよりもアメリカで盛んに活動されており、数多くのレガッタが行われていることなどから、アメリカ国内でボートを購入して保管しておくことを決め、サインディエゴに保管してあった程度の良い中古艇を購入しました。予定では初めてのレガッタはチャーター艇を使用し、なんとか良い成績を収めてからスポンサーを募り、ヨーロッパやアメリカで使用する新艇を購入しようと思っていましたが、Miami OCRで必ず手応えをつかめる成績を取ることを自分にかけ、借金をしてボートを購入してしまいました。これでしばらくの間後戻りが出来なくなり、どうしてもスポンサーを獲得しなくてはならなくなりました。
 #7979はドイツ製のスターで、非常に仕上がりが綺麗で、5年が経過した今でも十分な戦闘力を備えています。

4. Drive
 サンディエゴ(CA)の空港に到着した我々は、購入したボートを受け取りに行ってから、マイアミ(FL)までボートを牽引して道のり4600qの超ロングドライブです。以前ニューポート(RI)からヒューストン(TX)までJ/24級を牽引して輸送したときにも、とんでもなく長距離であった思い出があったのですが、その時でも2900q程度・・・。ノンストップでガソリン満タンワッチを組み、運転を交代しながら48時間かかりました。移動の間に2回の日没と2回の日の出、4時間の時差を超えてマイアミに到着したときにはくたくたでした。メキシコとの国境付近をドライブしていたときのことでした。和田選手へ運転を交代し助手席で睡眠を取っていたのですが、5時間後給油と運転交代のため目覚めたときに、交代前と全く風景の変わっていないことがありました。つまり少なくとも500キロ以上街もなく風景の変わらない一本道を走っていたそうです。

5. Training
 マイアミ到着後一日だけ休暇を取り、いよいよトレーニングの開始です。今回ホストクラブとなったCoral Reef YCは大会寸前までボートを搬入することが出来ないため、その隣にあるUS Sailing Centreにボートを置きトレーニングを行いました。このUS Sailing Centreはアメリカのナショナルトレーニングセンターに指定される施設で、USナショナルチームの合宿やオリンピックトライアルのベースとして使用されており、参加艇数の多いスターはもちろんのこと、数多くのクラスがすでにトレーニングを行っていました。ボートをある程度整備した後いよいよ初めての2艇以上での練習が始まりました。一緒に練習を行ったのは、Kusznierewicz Mateusz(POL)、Scheid Robert(BRA)、 Oconnell Maurice(IRL)などフィン級の金メダリスト、レーザー級の金メダリストなどで、私を含めてアテネオリンピック後に多くの選手がシングルハンドからスター級に転向してきました。初めて多艇との走り比べ、初めてレース形式のコース練習など、初めてづくしの初日だったのですが、10ktの風の中相手に負けることもなく、これまでに日本国内で1艇だけで練習してきたことや、色々な資料を参考にし、考え、感覚を磨いてきたチューニングなど、10ヶ月のキャンペーンで行ってきた方向性が間違えでないことが分かり、かなりほっとしたのが正直な感想です。また練習レースにおいてもいきなりの1位!良いスタートを切ることが出来ました。

6. Biscayne Trophy
 初めての公式レースはMiami OCRの直前に行われたBiscayne Trophyというローカルレースで、スター級のクラスルールによるフォーマットを使用して行われます。コースは何種類か用意されているのですが、初日のコースは上下4レグのソーセージコース、2日目はトライアングル6レグの旧オリンピックコースを使用されますが、クラスルールに規定されている上下の距離は2.2マイル。いくら性能の良いスター級でもクローズホールドの性能はTWA40°ボートスピード6ノットが限界で、1レース2時間以上の長丁場です。レース初日の朝Iain Percy(GBR)と話していると、「俺がスター級の最初のレースは、3回他艇に抗議され1000°以上のペナルティーをくらったよ」と脅かされました。シドニーオリンピックでフィン級金メダル、スター級に転向してから世界チャンピオン、現アメリカズカップ+39チームのヘルムスマンを努めるIainに脅かされると、少々ビビってしまいました。
 レース初日は15knot以上の強風が吹き、スタートから攻めてなるべく上位グループの中でレースを行いたいと思っていましたが、スタート後どうしてもマストがオーバーベンドしてしまい、上り角度の取れない状態に苦しみました。またスターはタックのロスが少ないため、一度上り負けて逃げてしまうとそれから出会う全ての艇にリーバウタックをうたれてしまいます。そこでもまた上り負け逃げるとまたリーバウタックと、まさにリーバウ地獄にはまってしまいました。さらに上りの途中下でタックをした艇を上突破したときに、スターならではの現象でセールを破ってしまいました。1最大幅以上上側を走っていたにもかかわらず、上突破して風下の艇のヒールが起きた瞬間、相手艇のスプレッダーがメインセールに刺さってしまったのです。大事には至らなかったためそのままレースを続けたのですが、上り角度の悪い現象はなくなりませんでした。第2レースレーキを変更して少々ましになりレースを進めますが、30分走った上マークでリコールを宣言されてしまいました。
 ハーバーに帰ってくると、全ての選手がスターを陸上につり上げています。通常キールボートのレースでは、レース期間中海に浮かべておくことになっており、“プラスティックプールを使用してはいけない”や“潜水器具を使用して船底掃除をしてはいけない”など様々な規制が設けられています。しかしスター級はダウンウィンドを帆走するときにマストを目一杯フォアーレーキさせる為、クレーンでつり上げるときにもリグがクレーンに干渉する心配がありません。そのため1艇5分以内で片付け終わり、2本の一本釣りクレーンを使用して60分程度で全艇が陸上に上がってしまいます。
 2日目のレースではレーキやセッティングを調整して少々ましになったのですが、依然上り角度が悪く上位グループではセーリングすることが出来ませんでした。

7. 2006 Miami Olympic Classes
 前のレースの終了翌日からMiami OCRが始まりました。19ヶ国69艇の参加は、他の行われているレーザー級の次ぎに多く、これまでにヨーロッパ転戦中に見たどのレースよりも大きな規模でした。また参加している選手は、メダリスト、世界チャンピオン、ベテラン、アメリカズカップのシンジケートに所属している選手などのビッグネームが多く、一緒にレースをしているだけでワクワクしてしまいます。
第1レース(困惑)
レース前に走り方に関する情報を収集し、ロアーバックステイの使用方法を変更してみました。レース前に走った感覚では少し改善されていたのですが、スタートに失敗して上り角度が悪いとやはりリーバウ地獄で、41位でフィニッシュしました。
 第2レース(42条)
 1レース目よりも少し風が落ち、練習の時に速く走れたコンディションです。1bの攻防を繰り返しながら、20番前後でレースを展開し、最終的に17番くらいでフィニッシュする直前、ジュリーボートからロッキングによるイエローフラッグを受けてしまいました。キールボートのレースでイエローが振られると思っていなかったこと、スター級のダウンウィンドはとんでもないセッティング(フォアーレーキさせてマストトップはバウより前)で走らせているため、すぐにペナルティー回転の動作に入れないこと、動揺したことなどから十分な解消が出来ずに、DNFとなってしまいました。
 第3レース(復活の兆し)
 朝から風がなく2時間の風待ち後にドックアウト、レース海面に到着しても風は強くならずにクルーがハイクアウトをしないコンディション。体重の少し軽い我々は是非とも前を走っていたいコンディションです。スタートはあまり良くなかったですが、すぐにスペースを確保してレースを展開、練習で手応えのあったとおりスピードが速く後続を引き離しトップの取れるポジションでレースを展開。上マーク手前のシフトで数艇に前を通られて上マークを7位で回航。すぐ後ろにはReynolds Mark(USA)がいたため、しばらくMarkのセーリングを観察しながらレースをしました。このレース11位でフィニッシュし復活の兆し。結局スタート後のスペースがなければレースは出来ないって事らしいです。
 第4レース(未来)
風も上がってきて10〜15knot、スタートから飛び出し、風下には2005年世界チャンピオンで、今回優勝候補の一人Rohart Xavier(FRA)ロアーバックステイの使い方を大きく変更し、スタート後の10分間スターボードでのスピード競争について行くことが出来ました。左にシフトしたためXavierのタックと同時に我々もタック、トップ集団の中に入り込みました。同じくスタートから我々の風上を走っていたHorton Andrew(USA)同時にタックして、我々のリーバウ気味になり厳しい位置になりました。風上からはXavier、風下にはAndrewに挟まれた状況で、我々はこのポートタックにこれからの未来を占いました。“この位置で上マークまでの間耐えることが出来なければ我々のチームに希望はない”と。ハイクアウト、バックステイトリムを駆使して10分間を走り抜き、上マークを7番で通過しこの時希望が見えてきました。7番から10番の位置でレースを展開し、最終マークを回航した後、風が大きく右にシフトしてしまい、結局20位でフィニッシュしました。この日のレース後ハーバーへ帰ってくると、ほぼ全員の選手から声をかけられ、今日のお前達は飛んでいるようだったと褒められます。10番20番程度の成績なら初日よりもましになった程度だと我々は思っていたのですが、宿に帰って成績表を確認してみると、スター級のレースではボートスピードが僅差で、上位を走り続けることが難しいようで、10番20番でフィニッシュすればその日のレーストップ5に入る成績であることが分かりました。また10番10番で走っていればトップ3に入る成績だと言うことが分かり、ようやくみんなに褒められる理由が分かりました。
第5レース(確信)
第5レース終了時点でドロップレースが入るため、DNFをドロップし上位に食い込むチャンスです。風は昨日までの風向とは変わり大きく振れるコンディションで風速は15knot前後。スタート後の2タックで良いシフトを掴んだ我々は、トップグループを形成しながら上マークへ、最後のシフトをポジショニングから掴めなかったため、上マークを15位前後で通過しました。上位グループを走っていれば、スペースが確保できるため比較的自由なコースを取ることができます。大きな順位の変動がないままフィニッシュにむかうダウンウィンドのレグで、前にはMark Raynolds(USA)ダウンウィンドのスピードに自信があったため、波を使いながらMarkの風下を突破して抜き去ることが出来ました。15位でフィニッシュし総合成績で大きく順位をあげたと共に、Markに競り勝ち確信を持つことが出来ました。
第6レース(空回り)
これまでのレースでスタートを成功させなければいけないことを考えていたため、スタートに気合いが入りすぎてしまいました。私は大丈夫だと思っていたスタートが、和田選手からリコールしたと言われ、すぐに戻って再スタートしレースを行いましたが、下位集団をなかなか抜くことが出来ない上にシフトをミスしてしまい57位でフィニッシュ。せっかく取り戻した総合順位を落としてしまいました。クローズホールドの速いスター級はリコールが致命的になってしまいます。
第7レース(シフト)
スタート後にまたしてもいいシフトを掴んだ我々は、トップ集団を形成しながら上マークへ、トップ集団の中でシフトを掴みながらレースを続けました。2日目に改善された上り角度についても問題なく走ることが出来、かなり手応えのある位置を走っていたのですが、我々の風下でリーバウタックを行ったMark Raynolds(USA)に驚異の走りを見せつけられてしまいます。タックするスペースを確保するために、驚愕の上り角度で上ってきたのです。これにより逃げのタックをうち、シフトをひとつ逃したことにより上マーク10位前後。この順位をキープしながら最終レグのクローズホールドに入り、今回は我々が大きなシフトを掴むことが出来て7位でフィニッシュ。
この2日間殆どのレースを10番前後でレースできており、トップ10の可能性を見ることが出来たことは非常に嬉しく、また今後2年間の目標や方向性についてかなりいいポジションにいることを感じることが出来ました。和田選手は残りの10sを増やしてくれるそうです。“他のチームよりも15sも軽いのに、これだけ速く走れるのであれば、10s増やして100sになれば、もっと速く走れるはず”と思ってくれたことも一つの収穫でした。
第8レース、第9レース(体重、萎縮)
風向は変わらずに20knotを超える風になりました。この風になると数艇がデスマストをしています。この風になると体重が軽いのか、トップスピードを維持することが難しくなってきました。スタートももうリコールできないため消極的になってしまい、両レース共に30番台での苦しいレース展開となりました。結局この日総合順位を2つ落として30位。最終日には強風のためレースがキャンセルとなり、総合30位で終わりました。

今回の遠征は初めてだらけにもかかわらず、自信を持つことが出来たこと、国別14位で終了したこと、セッティング、体重によりトップ10が見えていること、など非常に収穫の多いものとなりました。

今後とも宜しくお願いいたします。

スター級北京オリンピックキャンペーン 
鈴木 國央

公式HP
http://www.kunio.jp/xoops/



2006/2/9-Thr
  ■マッチレース協会
 先日マッチレース協会の理事会が開かれ今年のスケジュールや今後の活動についての会議が開かれました。私自身もマッチレース競技者として活動する中で一選手としはできない事が多くあることに気づき3年前から協会の理事として活動しています。今週土曜日に総会が開かれ会員の総意を確認し今年の活動が開始されます。
 今年のレーススケジュールが決まりましたら又ご報告させて頂きす。

JYMA公式HP
http://www.matchrace.gr.jp/


2006/2/9-Thr
  ■真冬でも盛り上がる葉山マリーナクラブレース
寒さが一段と厳しい先週末葉山マリーナクラブレースにチャーボ(Y30)で参加しました。予報どおりの素晴らしい快晴で11時頃からは日差しのおかげで寒さは和らぎました。しかしその分北風と南の風がぶつかる不安定で弱い風でした。
 第一レース2時間30分・第二レースは3レグのショートコースでしたがタイリミット内にフィニッシュできた艇がなんと4艇言う、超微風の難しいコンディションで行なわれました。息を殺しながらのセーリングが続きました。
 私は今回はヘッドセールトリマーで参加させてもらいヘルムスマンの浜崎さんの的確なアドバイスを受けながら難しいコンディションで素晴らしいトレーニングをさせてもらいました。結果は2レースとも1位・1位で走り総合成績文句なしの優勝でした。
 1位のチームはパーティーの準備と片づけを行なうルールになっておりこの日はなんと焼肉!みんながもっとも避けたい準備でした。油を落とすのに苦労しました。
 しかし1年を通じて盛り上がる葉山倶楽部レースは本当に素晴らしいと思います。皆さんも是非参加してみてはいかがですか。

倶楽部公式HP
http://www.hmyc.or.jp/hayama/club_room/index.html

クラブレーススケジュール
http://www.hmyc.or.jp/hayama/club_room/index.html


2006/2/9-Thr
  ■お別れ。
いつもの様にメールを確認していた。その中の1通のメールはとても悲しい知らせを告げるものだった。

 JYMAマッチの常連スキッパーである加藤平さんの死去を知らせる内容だった。享年55歳。若すぎる突然の別れである。
たった1ヶ月前。クリスマスの3連休、レースを楽しんでいた。そして一緒にビールを飲み交わし笑っていた加藤さん。

最初は信じられなかった。誰かの間違いかと思った。しかしメールを何度も読み返している内に現実だと自覚できた。
東京地方は昼過ぎから冷たい雨が降り注いでいた。逗子から横須賀線を乗り継ぎ四谷に降りり立っても雨は降っていた。悲しい雨だった。
告別式にはヨットに乗っている加藤さんの姿が祭壇の真ん中にあった。海で会うことはもうないない。最後の別れ。
ヨットを海を愛した加藤さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
さようなら。


2006/2/1-Wed
  ■レースの後に
レースの後に旅をするのは本当に久しぶりでした。以前は1週間くらい目的のない旅をしていたが、今回はメルボルンからパースへ友人を訪ねる旅でした。
 小学5年生の頃に引っ越してきた鈴木成人(すずきなるひと)以降成人)とは高校までを一緒に過ごした仲。それぞれの道を求めて彼はオーストラリアへ旅立った。そして現在永住権を取得してパースに住んでいる。日本食店で働きながら休暇にはサーフィンをし自分の好きな事を好きなペースでゆっつたりと暮らしている。しかしここまで来るには苦労もあっただろう。しかしそんな事は成人は僕には語らなかった。今の楽しい暮らし将来の事。いつも前を見て生きている。
 昨年の夏日本で結婚し、今奥さんの直美さんと二人で暮らし始めたばかり。お互い暮らす国や環境は違っても自分を表現する方法は変わらない事を再会した晩にビールを飲みながら語った。後は毎日波乗りの話。至ってシンプルな4日間だった。26日にはオーストラリアの独立記念日(オーストラリアンデー)があり街の中心を流れるスワンリバーのほとりで様々なイベントが開催され楽しい時間が過ぎって行った。
 どこにいても変わらない友人。自分もそうありたいと改めて思った旅でした。自分らしく・・・。 06年冬
PS 成人・直美さん本当にありがとう。今度は家族でお邪魔します!


2006/1/29-Sun
  ■レースの後に
レースの余韻が残るハーバーでコンテナへヨットを積み込む。砂漠から吹き込む風がこの3日間ほど続き連日40度を越す暑さが続いていた。
日本へ帰る準備を急いで行う。コンテナへすべてをしまい込みこれでレース終了だ。明日メンバーは日本へ帰国する。
僕はメルボルンからパースへ移動。ガキの頃からの友人を訪ねての小旅行に出かける。レースの後に旅をするのは久しぶりだ。いつもは準備とレースに追われ慌しく訪れた町を後にするだけだけど。
 パースへちょっと行ってきます。   


2006/1/24-Tue
  ■世界選手権最終
5日間の熱い戦いが終了しました。2006年オーストラリア世界選手権をチーム・セレッソは総合成績9位で終えました。
オーストラリア選手権から調整に入り万全の準備を行いましたがレース事の成績が安定せず入賞圏内を十分狙える位置にいながら9位と言う結果に終わりました。全日本選手権からの短いキャンペーンでチームの総合力をよりアップする事を目標にセーリングをしてきましたが少し時間が足りなかったようです。しかし短い時間でここまで出来たという一面もありました。
各レースの1位こそありませんでしたが2・3位をおさめたレースもあり世界に通用するスピードは確実にもっていました。
 この経験をセレッソは春から始まるビックボートのキャンペーに生かし、ジャパン・カップ制覇を狙います。3月にはKYCスプリングレガッタが行われて新艇の初めての大きなレースがあります。今後のセレッソチームの活動にご注目ください。
 長い遠征の間レポートご覧いただきましてありがとうございました。


チーム・シエスタ準優勝に!
レポートはこちらをご覧ください
クルー中村匠HP
http://teamsiesta.exblog.jp/


2006/1/24-Tue
  ■総合成績 4位へ
24オーストラリア選手権 4日目 今日も手堅くまとめて2位・9位で総合成績を3位タイの4位に上げました。

来週からの世界選手権に向けて仕上がりは順調です。明日、最終日ですが残りの2レースを当初の予定通りキャンセルして世界選手権のためのインスペクション(艇体計測・マスト計測・セール計測・体重測定)を優先し余裕を持ってレースへ望むべく調整行います。

 世界選手権には日本から全8チームが参加予定で明日から他のチームも準備に入ります。また同時開催されていたセールメルボルンに参加していた470クラス・レーザークラス・ボードセーリングクラスは明日最終日を迎えます。
多くの日本人セーラーが参加していました。こちらの取材を明日してご報告出来ればと思います。


2006/1/12-Thr
  ■メルボルン到着
10時間のフライト終え真夏のオーストラリア・メルボルンに到着しました。早速、ヨットクラブへ行き日本から運ばれて来た艇を受け取り準備開始です。コンテナから艇を出し、マストを組んでセーリングがをする準備を行います。レースは週明けの月曜日からスタートです。毎日25ノット以上の風が吹いています。真夏といても南極から吹く冷たい風のおかげで涼しく日陰に入ると少し寒いくらいです。しかし日差しは強烈!紫外線量が日本5倍といわれるオーストラリア。日焼け止めを塗った上からでも日焼けをするほど。日焼け止め対策を万全にしないとひどい事になりそうです。

2006/1/7-Sat
  ■本年も宜しくお願い致します。
昨年夏にこのホームページを開設してから多くの方々に訪れていただく事が出来ました。更新が遅れがちになる中、更新を我慢強く待ってくださった方々には本当に感謝しております。本年も様々な活動を行いその報告をホームページを通じて皆様へ発信して行ければと思っております。ページ内の新コーナーのアイディアなどもありこれからリニューアルも考えています。皆様に楽しんでいただける事を第一に考えてゆきたいと思って下りますので、更新が遅れても少し大目に見てやってください。お願いします。
 明日から本年最初の遠征、オーストラリアへ出発いたします。レースレポートや美しい大自然などの写真をどんどん更新して行くつもりですので待っていてください。
 では本年も宜しくお願い致します  伊藝


2006/1/3-Tue
  ■クリスマスマッチ終了
大会2日目は素晴らしいコンディションにめぐまれ参加12チームが2グループに分かれて行なわれたラウンドロビンを残り1フライト残すまで終了する事が出来ました。どのレースも接戦が続きました。グループA上位は船沢選手率いるチームセレッソ・そしてユースながら実力をメキメキトつけている長堀選手率いるチームバンビーノがセミファイナル進出を決めました。Bグループは全勝で中村選手率いるチームシエスタが最初にセミ進出をきまました。残りの1チームは3日目に行なわれた残りの1フライトで勝ち進んだ戸谷選手率いるチーム戸谷がこりました。

3日目は朝からライトコンディションが続きセミファイナルは緊張の連続。リードしていてもまったく気の抜けない展開です。そんな中順調に勝ち星を増やしたのははやり船沢・中村の2チームで、全勝同士でであたった最終レースはスタートでやや有利な展開でリードした中村を船沢が冷静な判断で上マークへの最終アプローチ前に手堅く抑える。
中村チームは不運にもラダート・キールに藻が絡むアクシデントにみまわれ見る見るうちにリードをひろげられる最悪のレース展開。悪い事は続くものでその後風は落ち続け逆転シャンスは訪れませんでした。
 今シーズン最終レースを優勝で飾る事が出来なかった悔しさとふがいないレースに悔しさだけが残る結果になってしましました。

順位決定戦ではなくなった風も南にシフトした風がレースを盛り上げていました。特にセミファイナルに進出した長堀の動機で現在470級で活躍している本吉が奮起して素晴らしいレースを展開若手チームの力が
シニア選手を脅かすようになってきたのは素晴らしい事です。今後の活躍が期待されます。
 


2005/12/26-Mon
  ■クリスマスマッチ 第一日目
強烈な冬型は今日も続き葉山は朝から西の風が強く残念ながらレースを
行なう事ができませんでした。海は今日も時化ていました。
 日が暮れて急に寒くなってきました8時過ぎには西の風が大きくシフトして北風になりました。これで大きな波をよせていた相模湾もきっと明日には良いレースコンディションになってくれるはずです。インターネットでも予想は北よりの風になっています。明日はいいレースが出来が出来そうです。


2005/12/23-Fri
  ■相模湾大荒れ
レース直前、シエスタチームはいつもの様に前日練習のため葉山マリーナに午後一時集合。和歌山から雪の中車で走る事7時間。僕は葉山在住ですから10分で到着。NZ遠征以来の集合ですからまだ半月ほどしかたっていないので仰々しい挨拶もなく落ち合うだけです。
 明け方から吹き出した風は30ノット近く吹き荒れとても練習どころの騒ぎではなく、いち早く本日の練習はあきらめです。そして逗子のデーニーズへ直行!お腹を満腹にして帰宅!!と言う訳ではなくきちんと真面目なミィーティングを行ないました。今までのレース後に残した各自のレポートを見ながら反省と課題を話し合い最終レースへの作戦を念入りに立てたのでした。内容は秘密!
 風は夕方には北西にシフトし多少勢いもなくなってきました。明日の予報では今日よりは落ちるようですがどうなるでしょうか?明日からレース開始です。


2005/12/22-Thr
  ■クリスマスマッチ 12月23・24・25 葉山マリーナ
本年度最終マッチになるクリスマスマッチがいよいよ金曜日から始まります。クリスマスの3連休に12チームが揃い熱い戦いを展開。

今回のイベントではレース海面を葉山マリーナの防波堤近くにセッティングし多くの観衆に見てもらえるように行なわれます。湘南へこられるご予定がある方は是非葉山マリーナまで足をのばしてください。きっと素晴らしいレースがご覧頂けると思います。

2005年クリスマスマッチ 招待スキッパー

船澤泰隆 中村 匠 浜崎栄一郎 三浦博志 長堀裕樹 戸谷壽男  山田 寛 加藤 平 本吉夏樹  稲葉高広 中野 誠 前田康子

JYMA 日本マッチレース選手会 公式ホームページ
http://www.matchrace.gr.jp/

JYMAスキッパーズランキング
http://www.matchrace.gr.jp/

JUMAクルーランキング
http://www.matchrace.gr.jp/

葉山マリーナ公式ホームページ
http://www.hayamamarina.com/

 


2005/12/21-Wed
  ■次男 誕生
12月16日午後11時10分
次男誕生
母子共に健康です。
素晴らしい一日でした。

http://igei.net/diary.shtml


2005/12/17-Sat
  ■次男 慎之介 誕生
昨晩午後11時10分次男 慎之介が無事誕生いたしました。妻の美穂も産後問題ありません。本当に素晴らしい一日でした。私的な事で申し訳ありませんがご報告させて頂きます。

2005/12/17-Sat
  ■NewZealand Matchracing Championship
10チームが参加して行なわれたNewZealand Matchracing Championship
参加全チームの総当り2回戦で行なわれ初日から冷たく強い風が吹いていました。レース展開は速く強風下で36フィートの船に正直余裕がない状況でした。練習日と同じような風域でしたからそこそこやれる自身はありましたがレースとなるとやはり思うようには行かず、接戦で負けるケースもありましたが1勝6敗と苦い初日となりました。

 2日目 以前厳しいレースが続きましたがもつれるレースをフィニッシュ直前でかわして勝利したいと波に乗りかけた後のレースで私の判断ミスでリーコールをしてしまいました。何とか追いつくもかわすことが出来ずに苦い負けをしました。2日目は3勝4敗で終了。

 3日目 明け方から吹きはじめた風は9時頃からにさらに強まり30ノットを超え、風は昼過ぎまで吹き続け陸上待機が続きました。ようやく落ち着いてきた12時にレース開始が決定。しかし第一マッチがスタ−とした直後に再び吹き上がりスピンを上げた両艇がブローチングをした直後にレース中止が決定しました。
 結局最終日には準決勝・決勝のみが行なわれる事になり消化した全14マッチの勝率で順位が決定。我々は4勝10負で8位の最終成績でした(10チーム)

さらに詳しいレースレポートはスキッパー中村 匠のHPで御覧いただけます。http://teamsiesta.exblog.jp/


2005/12/5-Mon
  ■NEW ZEALAND MATCHRACING CHAMPIONSHIP 遠征出発
本日より遠征に出発します。現地でのレポート楽しみにしていてください。皆さん応援宜しくお願い致します。
 では行ってきます。
             伊藝


2005/11/21-Mon
  ■オンザ・ウインド CUP in 葉山マリーナ
葉山マリーナヨットクラブ所有(日本カップでお馴染みの)Y30を使用して11月19日・20日の2日間でオンザ・ウインドCUPが開催されました。

10月に行なわれたジャパンカップに名を連ねたチームが集結です。今回のレースの特徴はドライバーはオーナーが勤める、という点でしう。しかもワンデザイン艇でのこのようなレースは日本では初めての大会だと思います。アメリカではF40のフリートがドライバーをオーナーに限定し大きな発展を見せています。これから日本でもこのようなスタイルが定着するとレース離れに歯止めが掛かるかもしれませんね。5チームが参加し、2日間で7レース、天気・風に恵まれどのチームも楽しんでいたのがとても印象的でした。

 初日の夕方からは葉山マリーナから会場を三崎に移し、海の見える素敵な場所でのパーティーが行なわれました。レースの後のパーティーが楽しいのはいいレースの条件としては必要不可欠です。最高のロケションと美味しい食事にお酒・最高の演出でした。当然、深夜までヨット談議に花が咲いていたのは言うまでもありません。
 開催準備にあたった本田さんはじめスタッフの皆さんありがとうございました。

 大会後の表彰式ではどのオーナーさんも次回の開催を楽しみにしていると言うコメントを残していました。大会の成功を印象つけていまた。ちなみに私はエスメラルダチーム 植松オーなのチームで参加し2位でした。 

参加チームと成績

優勝 スレッド
2位 エスメラルダ
3位 セレッソ
4位 サマーガール
5位 アオバ

詳しい事はオンザ・ウインドホームページで紹介されると思います。
http://www.onthewind.co.jp/does.html


2005/11/21-Mon
  ■秋、深まる。
11月になっても日中ははまだ短パンが着れる良い天気(暖かい)が続いていた。無論東京で着ていたらちょっと変だけど、ここ葉山では勿論OK!OKだと思っているのは僕だけではないと僕はそう思っている。
いつになったら寒くなるんだ?と思っているうちに葉山の山は紅葉が急に進み「あっ」と言う間に寒くなってしまった。これで短パンもしばら着るる事もないだろうな。
 普通短パンは夏服だけど、ヨットに乗るようになってから僕は4月に解禁(普通よりかなり早いかも)してから寒くて着れなくなる11月頃まで、上着がTシャツからロングスリーブシャツになりフリースを重ねて着る様になってもまだ短パンをはいている。さすがに少し寒いとビーサンから靴へと代わり靴下で寒さをごまかす。半年以上も短パン生活を続けると長いズボンがとても暑苦しくなってしまうのだ。でも体は正直で、くしゃみを連発し風邪をひいていよいよ短パン生活ともしばしの別れとなった訳です。こうして僕の秋は深まって行くのでした。
 といいながらも来週から初夏のニュージーランド。そして新年早々にはオーストラリア遠征が続き再び短パン生活が待っています。

 明日は葉山でオンザ・ウインド CUPが行なわれます。エスメラルダチームで参加します。レースレポーお楽しみに。


2005/11/19-Sat
  ■予選最終日
最終日を1勝2敗で終えトータル6勝5敗。同率で3チームが並ぶ中5位で予選を突破しました。3日目は初戦こそ勝利したもの2連敗してしまい後がない状態でしたが辛くも本戦へ進むことが出来ました。
2日間の休養をはさんで明後日から本戦がスターします。
初戦の相手は世界ランキング1位のエド・ベアード「アリンギ」です。
昨年のニッポンカップでは中村は対戦していますのでこれで2度目の対戦になります。前回は最終レグで抜かれるまではスタートからリードして勝利目前での敗戦。今回はそのリベンジです。
ビックニュースをご報告できるようにがんばります。


2005/10/19-Wed
  ■予選2日目
昨日風はどこへ?穏やかな風の中予選2日目。
予選通過のボーダーラインは6勝。なんとしても勝ち星を増やしたいところ。初戦を黒星スタートしたもの2勝2敗のイーブン。トータル5勝3敗で、最終日の残り3戦で勝負が決まります。なんとしても予選を通過し本戦への切符を手にしたいと思います。


2005/10/17-Mon
  ■予選スタート
3日間の予選がスタート。迷子になっていた荷物もレース直前にヨットクラブへ届けられました。ほっとしている時間はなく、あわててユニフォームに着替えていざ、レースです。今日は前線に吹く込む25ノットオーバーの風の中行われました。レースはスピンネーカー(風下用のセール)の使用が禁止されてのレースでしたがかなりタフなレースでしとなりました。
3勝1敗で初日首位タイです。


2005/10/17-Mon
  ■予選スタート
3日間の予選がスタート。迷子になっていた荷物もレース直前にヨットクラブへ届けられました。ほっとしている時間はなく、あわててユニフォームに着替えていざ、レースです。今日は前線に吹く込む25ノットオーバーの風の中行われました。レースはスピンネーカー(風下用のセール)の使用が禁止されてのレースでしたがかなりタフなレースでしとなりました。
3勝1敗で初日首位タイです。


2005/10/17-Mon
  ■バミューダ到着 しかし・・・
4回の飛行機の乗り換えの末昨夜の12時過ぎにようやく到着。翌朝から受付と練習をすませました。12ノットから15ノットの風で船の特徴を掴むには程よい風でした。明日から12チームの総当りを行い上位6チームが決勝シリーズに進みます。なんとしても予選突破!頑張ります。
 アクシデント 昨晩バミューダに到着したもののバックが出てこない!ニューヨークで迷子になったようで今日の3時には届けてもらえると言うことでしたが夕方になってもカバンは来ない!セーリングいギアーが無いまま私服でセイリングをしたため着替えが全く無い状態。慌てて街に買い物をしに出発。短パン・Tシャツ・その他沢山。僕のバックは今どこで迷子になっているのやら。レースが終る頃に出てきてくれるといいんですが。


2005/10/15-Sat
  ■明日から遠征
明日から1週間の予定でバミューダへ遠征です。グレード1の大会で、先ずは予選を突破しない事には本戦に進めません。勝てば滞在延長です。少しでも長くレースが出来ればいいですね。夏のイタリア遠征の成果を出したいところです。ネット環境がよければ現地から更新したいと思っています。あまり期待しないで待っていてください。それでは行ってきます。

2005/10/12-Wed
  ■逗子レガッタ成績
Aクラス
順位 艇名     1R 2R 3R 4R 5R 6R TP
01 ESMERALDA    1  2  1  1  1  1  5
02 MAUPITI     2  1  4  2  7  4 13
03 PAPILLON     3  4  2  4  2  3 14
04 VITTORIA     4 DNF  3  6  5  2 20
05 OCEAN BOY    8  3  8  5  3  7 26
06 LUCKY LADY    6  6  6  3  6  5 26
07 FARAWAY     7  7  7  7  4  6 31
08 TIBURON     5  5  5 DNS DNS DNS 35
09 DAY DREAM    9 DNF DNF DNS DNS DNS 49

Bクラス
01 Sharaku     1  1  1  1  2  3  6
02 ADONIS      2  2  2  2  1  1  8
03 QUETEFEEK    3  5  4  3  3  2 15
04 Century Fast III 4  3  7  4  4  5 20
05 HEART of NIPPON 5  8  3  5  5  6 24
06 ALOHA MAGIC   6  4  5  6  6  4 25
07 CRESCENT     7  7  6  7  7  8 34
08 ADMINAR     8  6  8  8  8  7 37


2005/10/11-Tue
  ■KYCウイーク 優勝 CEREZO
関西KYC ウイーク 10月8日〜10日
全5レース

1 CEREZO
2 CARINO
3 SUMMER GLRL
4 SWING
5 SHOVE CHUVA
6 TACK
7 EAGLE

3日間で全5レースを行いCEREZOが優勝しました。まずまずの風に恵まれ2日目は晴天。素晴らしいセーリングが出来ました。
 又どう海面では来年行なわれる国体のプレレースが行なわれており
関西ヨットクラブは大勢の人で賑わっていました。


2005/10/10-Mon
  ■スレッドが大会初の2連覇でジャパンカップ閉幕
05年蒲郡で行なわれたジャパンカップ。
大方の予想を覆し、終ってみれば強風シリーズの印象が残った。インショアレース5本。ロングレース1本(往路復路に分かれていて実際には2本。)合計7レースを行いスレッドの史上初の2連覇で閉幕した。
GS42が3艇(セレッソ・カラス・シーホーク)が混戦をする中、大型艇のスレッド・ドットレッサが先行してゆく展開は予想どうり。
ロングレース往路のマーク回航時。セレッソ・シーホークはオーバーラップをしながらのマーク回航。インショアレースのような接戦を繰り広げた。
又スレッドとセレッソはインショアレースの修正タイムで2秒差。又タイムさ0秒のレースもあった。(成績表の修正タイムを見ていただくとより面白いと思います。)
「レース成績  http://www.tosc.jp/result/20050926092145.html
 一つのミスも許されないような息が詰まる走りをして見せた。本当にどのチームが勝者になっもよいほどの十分な実力を持っていた今回の上位チーム。そこで優勝したスレッドは本当に素晴らしいチームだと改めて栄誉を称えたいと思う。ライバルとして戦えて本当に楽しいしレースを行なえた事を感謝したい。  来年は必ず・・・


2005/9/28-Wed
  ■台風14号
昨晩九州地方に大きな被害をもたらし現在日本海側を北海道方面に進んでいる台風。葉山の海も昨日までは大きなうねりだけだったが今日は朝から25ノットから30ノットをオーバーする風が吹いていた。このダイアリーを書いている深夜でも風の音が大きく響いている。明日には風もおちついてくるだろう。今年はあといくつやって来るのだろう?

2005/9/8-Thr
  ■JAPAN CUPに向けて
いいよJAPAN CUPに向けてチーム・セレッソはレースが開催される愛知県蒲郡、ラグーナ・マリーナでセーリングを開始しました。台風シーズンを考慮し8月下旬に早々と西宮から回航をしレースに向けて準備を着々と進めています。
週末には地元のParaphrenian First 40.7・Gust Cookso12mなど地元チームが練習を行なっていました。又今回新艇B&C46投入するDottoressaはマストセットを行いチューニングを行っていました。
台風14号の影響で関西・関東からの参加チームが回航を延期するなどの影響が少しある様ですが続々とラグーナにレース艇が集結しつつあります。来週のラグーナの様子もレポートいたします。では。


2005/9/6-Tue
  ■南波さんの思い出
96年の春。僕は初めての海外キャンペーンに参加する事が決まり緊張の中飛行機に乗り込みニューポートに到着した。
マム36クラス。当時のキールボート界では世界中からプロセーラーがチームを構成し、サーキットが繰り広げられていた。そこにいきなり参加出来た事は今おもっても本当にラッキーの一言だと思う。
チーム「アオバ」。スキッパーは南波誠。テレビの中でACボートに乗り込み、そしてインタビューでは外国人プレスをジョークで笑わせていた。僕にとっては本当にすごい!人だった。
最初のレースで使えなければ「クビ!」が条件で参加させてもらったキャンペーン。結局1年間チームにジョイントし続ける事が出来た。後で聞いた話では僕を交代させた方がよいと言う意見も出ていたそうだが南波さんが僕を残らせてくれたそうだ。その後僕はニッツポンチャレンジのセレクションに合格する事になる。
あの時交代させられていたらどうなっていたのだろう?
そしてあの事故が無ければ今でも同じ船に乗る機会があったかも知れない。甘党の南波さんがレース後にコカコーラをおいしそうに飲んでいる顔を時々思い出す時がある。


2005/8/30-Tue
  ■南波メモリアルマッチレース エクストリーム 3位入賞
夏の終わりを感じさせるような爽やかな風が吹き、2日間の日程で7チーム総当りのラウンドロビンを3回行い、どのチームも満足いくレガッタだったと思う。運営の皆さんありがとうございました。
さて今回ジョイントした三浦スキッパーとは昨年までチームを組んでいたのでチームワークは問題なし。メイン/タクティクスにレーザー級でオリンピック代表だった鈴木國央君(現在次回オリンピックをではスタ−級でのオリンピック代表を目指しキャンペーンを開始しています。公式ホームページがあります。皆さん応援してあげてください。http://www.kunio.jp/xoops/
ヘッドセールトリマーにはJ24スレッド・クラリスなどで活躍している石原佳枝さん、そしてバウに伊藝という4名でチームを編成しました。優勝した高木チームには3戦して3敗と完敗でしたがレベルの高いレースを行なう事が出来ました。

優勝 高木 裕  15勝 3敗
2位 長堀 裕樹 14勝 4敗
3位 三浦 博志 11勝 7敗
4位 吉岡 岳史 9勝  9敗
5位 加藤 平  5勝  13敗
6位 中野 誠  5勝  13敗
7位 横山 浩  4勝  14敗


2005/8/30-Tue
  ■台風11号 上陸
昨晩遅くに葉山も風と雨が激しさを増しました。しかし思ったよりは早く通過し被害も無くてほっとしています。
下記のページに油壷の模様をアップしました。
http://igei.net/cgi/oldphot.cgi


2005/8/26-Fri
  ■イタリア遠征 優勝!
結果が全て。出発前に必ず優勝しようとチームで硬い約束をして遠征に出発しました。グレード4というレベルでは勝たないと意味がない。我々のチーム力を確認する意味でも海外遠征で優勝するという事は大きな意味を見出す事になる。これから高いレベルレのレースで戦う為にはでどんな小さな大会やどんなチームとでも必ず勝てるチームを意識しました。
今回の優勝が今後の活動の幅を広げてくれる事を信じています。


2005/8/24-Wed
  ■ジャパンカップへ
空港のロビーも帰省のピークと少しずれたせいか思ったほど混雑していない。今週は関西へ移動して、チーム・セレッソにてジャパンカップのための練習へ行ってきました。猛暑を覚悟していましたが前線の影響で曇り模様。風も弱く涼しい2日間でした。練習の内容は詳しく書く事は出来ませんが9月の下旬には良い結果共に、どんな活動を行なっていたか少しふれたいと思います。順調に準備は進んでいます。

2005/8/14-Sun
  ■IMS600 サマーレガッタ
1 SEA HAWK XI 1 - 1 - 1 - 2 - 3 17
2 ESMERALDA 3 - 2 - 2 - 1 - 2 19
3 KARASU 2 - 3 - 3 - 3 - 1 21
4 KOUFU 4 - 5 - 4 - 4 - 4 30
4 TRACER 5 - 4 - 5 - 8 - 8 39
5 VITTORIA 6 - 6 - 7 - 5 - 6 39
6 OCEAN BOY OCS- 7 - 6 - 7 - 7 45
7 SYLPHIDES DNS-DNS-DNS- 6 - 5 47

先週行なわれたIMS600サマーレガッタの結果です。
ジャパンカップ前のレースと云う事で参加を視野に入れて望んだチームも多く上位3チームは混戦となりました。私が参加したエスメラルダはジャパンカップこそ参戦しませんがオーナーヘルム(植松さん)の海外での豊富な経験で競合の上位2チームと素晴らしいレースを展開しました。


2005/8/14-Sun
  ■帰国しました
日曜日の夜に帰国しました。空港に下り立った瞬間日本の夏を実感!ニューポートではジャケットを着ていてちょうど良い気候。セーリング中は肌寒さを感じるくらいでした。
初日のトラブルを挽回すべく後半戦では接戦で惜しくも2位に終わるレースもあり9艇のフリートの中、互角に走っていました。ドライバー(オーナー石田さん)も今後のレガッタに向けて大きな手ごたえを感じていました。私自身もアメリカ人のメンバーの中へ入り、ひさしぶりにバウマン以外のポジション。マストハンドでの参加は正!、少し不安もありました。強風時にスピンホイストが完璧に行なえるか?力負けしてしまうのではないか?しかしその不安も徐々に解消。普段以上に体を酷使しましたが何とか仕事は出来たと自負しています。又国内で行なっている私達のセーリングスタイルがけして欧米に比べて劣っていないという確信も得ました。今後も夜叉・SWAN45キャンペーに参加させていただく予定になっています。外国選手の中でどのくらいやれるのかチャレンジしていくつもりです。今回レース期間中ににカメラを紛失!たくさん取った写真をホームページにアップ出来ませんでした。写真を楽しみしていてくれた方々には大変申し訳ない思いです。期間中の写真及び成績はこちらからご覧下さい。http://www.regattanews.com/home.asp
http://www.regattanews.com/photo_enlarge.asp?id=2916&eid=120&gid=0





2005/8/2-Tue
  ■霧の中から・・・
昨日からニューポートは霧にすっぽり包まれてかなり雰囲気があります。
今日はショートディスタンスレース。昨日のうっぷんを一気に晴晴らす、最高のセーリングでした。霧の濃さから言ってレースは中止かと思いましたが本当に視界は50Mもない状態。そんな中9艇のS45はスタート。20ノットの風の中視界のない海に前提ジェネカーを上げて爆走。一段は牽制しながらブームが触れるほどの近さで走っていました。艇団の一番下の先行艇がいきなりラフィングを開始!それにあわせて前提が動いた瞬間目の前に霧の中から橋げたが現れました。本当に何も見えない!!ナビゲータは本当に大変なレースでした。
結局30マイルの島周りは終止艇団が固まって5時間近くのレースを走り抜きわずかなさでしたが2位になってしまいました。チームもこれでムードを取り戻し明日からのレースに望みを繋ぐいいレースに成りました。
明日はこの深い霧は晴れるのやら・・・


2005/7/28-Thr
  ■トラブル・・・
いいよ始まったレースでしたが初日にして2レースをキャンセルするトラブルに見舞われてしまいました。25ノットの風の中ジャイブ直前にバングトラブルでワイルドジャイブをしてしまい何とか体制を整え下マークを回航。直後にバックステイの油圧システムが機能しなくなってしまいました。強風でバックステイにテンションを入れられずにセーリングするのはかなり無理があり止む無くハーバーへ。今日はこれで終わってしまいました。トラブルのあった箇所を修理し明日へとつなぐ作業をこななし、明日から仕切り直しです。残り7レース。何とか挽回したいところです。

2005/7/26-Tue
  ■明日、レガッタ開幕
ニューポートに着てから今日で5日。毎日準備と練習で疲れはピークです。時差ぼけはやっとなくなりました。何時もの事ですがレースの前がとても疲れて毎日忙しくて長く感じましがレガッタが始まれば後は「あっ」と言う間です。
スワン45クラスには9艇がエントリー。夜叉は最初のレガッタでメンバーも今回集まった言ってみればそくせきチーム。でもこの5日間でそれぞれの仕事を確実にこなしチーム力は各段に飛躍しています。さすが皆プロですね。僕も感心している暇はありません。明日からのレース上位目指してセーリングします。ではまた。


2005/7/25-Mon
  ■ニューポート到着
成田から飛行機で13時間。レンタカーに乗り換えてドライブする事4時間、ようやく到着しました。96年に初めての海外遠征、マム36サーキットで訪れた思い出の場所です。当時は町並みを見る余裕もなくどきどきしていた事を思い出します。ホテルの窓からはJボートのエンデバーや12Mクラス(ACボート)などがマリーナに係留しているのが見えます。今回のスワン45アメリカンレガッタには9低のエントリーがあり、ほかにも多くのスワンがここニューポートで激しいレースを展開します。美しいボートが多く見られるので写真もアップしますのでお楽しみに。 ではこれからセーリングに行ってきます。

2005/7/22-Fri
  ■激闘の結果
10チームエントリーで行なわれた全日本マッチ。フルラウンドロビン9レースを7勝2敗で追え3位でセミファイナルへ進出。1位の船沢選手が対戦相手を指名し、船沢VS山田 中村VS浜崎の対戦。2連勝し船沢と中村チームが決勝へ駒を進めた。スプリングレガッタと同じカードとなった
どちらも譲らず1レースずつを勝ち取り最終レースへ。このマッチを制したチームが勝者となるレース。
 先手を撃ったのは船沢チーム。スタートでペナルティーを取り有利な位置からのスタートに成功。我々は窮地に追いかまれた。冷静に最後まであきらめないセーリングで最終上マークで逆転。しかしまだ我々はペナルティーを解消していない。もつれにもつれフィニッシュラインを大きく外れて激しいバトルを繰り広げた。一歩早くフィニッシュラインに戻ろうとした船沢チームを追う様にしながらペナルティーターンを解消し、両チームがラインへ向かってなだれこんだ。本部船から上げられたフィニッシュフフラッグは船沢チームのものだった。わずか50cmの僅差で我々は敗れた。
 敗れたものの素晴らしいレースが行なえた事に確かな手ごたえは残った。8月にはイタリアでのレースが決まりこの悔しさを次回は必ず喜びに代えて見せます。イタリア遠征記もお楽しみに。


2005/7/19-Tue
  ■新規書き込み
新規の書き込みテスト。

テスト送信です。




2005/6/5-Sun

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