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レースレポート
全日本マッチレース選手権大会 アジアパンパシフィックマッチ

team BrosP25キャンペーンの先にあるもの

2002 Swan World Cop 8-15 September

第10回 全日本マッチレース選手権大会 アジアパンパシフィックマッチ
2007年11月22日〜25日 神奈川県 葉山マリーナ
JSAF公認 全日本大会
主催 JYMA HMYC
レース委員長   一木正治  レースオフィサー 長堀信一 
プロテスト委員長 青山篤(チーフアンパイヤー)  
ISAF グレード3 JYMAグレード2
スポンサー ピザーラ 京急電鉄
協賛    蒲t山マリーナ ボルビック ヘリーハンセン・セールレーシング 
      マーフィー&ナイ サニーデイ・サンデイ AND潟Tードライン

レポート
JYMA理事 大会実行委員長 兼任 マッチレーサー伊藝徳雄

@感謝を込めて
ロンドンオリンピックでの女子キールボートマッチレース採用が大会直前に決定した。大会準備を進めていた私はこれからのマッチレレース環境に大きな影響を与えるだろうニュースに喜びを隠せなかった。
JYMA日本ヨットマッチレース協会は全日本選手権06年大会からイベントグレードを上げるべく、招待海外チーム参加の国際マッチレースへと進展させた。今年は昨年を上回る4カ国11チームが参加。開催マリーナである葉山マリーナ鰍フ協力、そして葉山マリーナヨット倶楽部との共同開催となりあらゆる面で大きなバックアップを頂いた。そしてイベントに共感して頂きスポンサードをしてくださったピザーラ並びに京急電鉄鰍フご関係者の方々、今大会に協力していただいた全ての方にこの場を借りてお礼を申し上げたい。

@2007全日本マッチレース選手権 アジアパシフィックマッチレース

JYMA年間サーキットによるランキングによって招待された国内7チーム・招待海外4チームが葉山マリーナで熱いレースを展開した。
期間中は最高の天気だった。しかしそれが影響して北風が急激になくなるシフティなコンディションの中、逆転劇などはらはらするレースが続いた。 観戦を意識したコースは防波堤近くに設定されたためより選手達を苦しめた。しかしその逆に観戦者には抜きつ、抜かれつの見所満載なレース展開になったに違いない。

予選ラウンド(総当り一回戦)を最終日の午前中にようやく行えるというスローペース。その為セミファイナルをキャンッセル。予選通過順位でのファイナルと順位決定戦を行なう事になり6チームは海上で決戦を待った。

@決勝戦の行方 ファイナリストは 本吉夏樹vs中村匠

大学4年生の本吉は10代の頃からマッチレースに関わり師匠戸谷氏のクルーとしてレース経験を重ねてきた。同時に学連では470級でも輝かしい成績を残す。
数年後マッチレーススキッパーとしてデビュー。中々タイトルを手に出来なかったが5月の南波誠メモリアルマッチレースにおいては堂々3位入賞。確実に力を付けてきた。
メンバーはレース経験豊富な稲葉健太・稲葉高広兄弟を核に山岸納、磯谷航介と意気の合ったメンバー。バウマンの磯谷は本吉より更に若く現在18歳。堅実なバウワークはお見事!!である。
難しいコンディションでのレースを9勝1敗でファイナルへと進んだ。

対するは中村匠。この春に古巣、日吉染業ヨット部を離れノースセールへ転職。環境が変わる中、5月の南波誠マッチレースに優勝。昨年の覇者として全日本連覇を狙っていた。
メンバーは元日吉ヨット部の同僚、現在プロとして活動をしている笹木哲也。
木村正巳、筆者の4人構成。 いたずらな風に翻弄されて予選で痛い2敗をきす。
8勝2敗。これが大きな、大きなターニングポイントとなる。

防波堤や海上にはファイナルを見届けようと神奈川TV・J:COM TV・湘南ビーチFMでの告知もあって多くのギャラリーが集まりレース開始を待った。

しかし・・・風の神様は無常にもレースをスタートできるだけの風を与えてはくれなかった。
3時間の待機の末、レース終了を伝える「N・H」のフラッグと共にフォグフォーンが鳴り響いた。全てのプログラムが終了。本吉夏樹チームに栄冠が輝いた瞬間だ。
私たちは勝負をする事なく負けた。悔しさを何処にぶつければいいのか判らぬまま、ただ鏡のような海面に浮かび勝者たちが上げる歓喜の叫びを呆然と聞いていた。
ラウンドロビンの順位で最終成績が決定。レースにおいて予選といえども負けてはいけないという大きな教訓を残したレースとなった。

@3位にロシアチーム 4位にインドチーム
海外から4チームが参加。クルーが来日出来ず、急きょ日本人マッチレーサーがチームにジョイントするなど国際経験を抓む良い機会にもなった。海外レースへ行かなければできない経験を葉山で。インターナショナルレースの大きなメリットでもある。 
近年アジアでも多くのマッチレースイベントが始まりつつある今、アジアで最初にアメリカズ・カップに挑戦した国として、マッチレースリーダーとして何が出来るのか真剣に考え、行動しなければいけない時期が来ている。
 4位になったインドチームは世界ランキング45位。積極的にレースを転戦しランキングを上げている。昨年のアジア大会では銅メダルを獲得しているのだ。アジア大会に日本マッチチームが参加できなかった事は非常に悔やまれる。この事をJSAFには真摯に受け止めていただきたい。と同時にJYMAとしてもアピールが出来なかった事を真剣に反省し打開策を講じている。
2012年ロンドンオリンピックでは女子マッチレースが公式種目として決定した。JYMAとしても選手へのバックアップ体制などを含む強化策が急務な課題だ。

@観せるレース それがマッチレース!
ファイナルは残念ながら行なう事は出来なかった。しかし防波堤には今か今かとレース開始を待つギャラリーが。
気持ちの良い日差しに照らされてビール片手にヨットレース観戦。ヨットを背景に記念撮影していたカップル。風待ちをしている選手が防波堤に近づくと家族から「パパ頑張って〜!」の声援。選手と観客の一体感が生まれた。
3日目に予定していたエキジビジョンレースは風が弱くレース待機中に予定を変更して行われた。微風ではあったが選手とゲストが楽しくセーリングを行い、それを防波堤から実況中継。観客からも笑いがこぼれるシーンがあった。ヨット競技は観客に観てもらう事がかなり難しい。しかしマッチレースはそれが可能なのだ。選手もそして観客や運営に集まったボランティアも皆が楽しむイベントが行なえる唯一のセーリングイベントなのだ。
 海外でのマッチレースでは当たり前の観客を意識したイベント構成。裏を返せばベントに協力していただくスポンサーシップの表れだ。スポーツと企業。協会や種目が発展して行くに必要な関係だと私は思う。商業イベント化し過ぎてコントロールできなくなってしまい、選手に不利益が生じては決していけない。しかし上手く付き合う事がヨット界発展には今不可欠な事なのだと私は思う。

@夜のパーティーも勿論最高!
恒例になりつつある葉山マリーナヨット倶楽部メンバーによる素晴らしいパーティー!
「葉山night」。特にマッスルバーと名づけたマッスルマンが店長を務めるバーは人気最高。
店長との腕相撲対決はパーティーを大いに盛り上げた。
又今話題の「風のJIN」(週刊ヤングジャンプ連載中)著者 本宮ひろ志さんがレースを観戦に来てくださり、優勝チームへの賞として主人公、Jinのイラストをプレゼントして頂きました。


2007 全日本マッチレース選手権大会 最終成績
place skipper
winner 本吉夏樹
2nd 中村匠
3rd NIKIFOROV Eugeniy   ロシア
4th RAMCHANDRAN Mahesh インド
5th 長堀裕樹
6th 戸谷壽男
7th 三浦博志
8th 白山陽一
9th ELLEGAST Tino ドイツ
10th 紙聡
11th ERMAKOV Ilya ロシア

マッチレース協会HP
http://www.matchrace.gr.jp/



team BrosP25キャンペーンの先にあるもの



ISAF公認のワンデザインフリートとして今回で2回目の世界選手権。ヨーロッパを中心に近年フリートが急増中。
 
日本国内でも90年後半にNZLから輸入が開始。
相模湾を中心にフリートが形勢され、プラトーCUPとして4年間に渡りレガッタが年4回行われていた。
運営スタッフの一人として逗子マリーナに多くのセーラーを招きレースを行っていたのが懐かしく思い出される。

チャーター形式のフリートレースを行い国内強豪20チームが集まりハイレベルなレースを展開。当時シドニーオリンピックを終えたばかりの浜崎栄一郎氏などディンギー界で活躍したセーラーも多く参加していた。ディンギー要素を強くもつハイスピードスモールキールボートであるP25はディンギーで競技を行ってきたセーラーにも十分な興奮を与えてくれるボートなのだ。キールボートへの橋渡しとして最適なボーとして、是非国内でも再び注目をしていだきたい。
現在も相模湾でフリートが形勢されておりJ24関東フリーと共にワンデザインレースが盛んに行われている。
Platu Club公式HP  http://platuclub.hp.infoseek.co.jp/

今回の世界選手権参加は昨年のスペイン・ビーゴに続き2回目。昨年同様チーム「Bros」での参加。
先月号で速報として本誌に掲載していただいたように、2007イタリアP25サーキットを3戦行い、5月カーラガレーラ3位・6月プンターラ優勝。そして7月コモ湖・イタリアンナショナル優勝とワールドに向けて最高のキャンペーンを行ってきた。

この成績の裏には何があるのか?  2年目のキャンペーン。

現在470級ナショナルチーム山田・中村のコンビがチームにジョイントして06年にスタートしたteam BrosP25キャンペーン。
チームメンバーが完全に固定されていない状況下ではあったがキャプテン小池氏を中心にチューニングをはじめとした下地を一年目でしっかりと構築できた。そして何より遠征先でのオペレーションがスムーズに行える環境をオーナー亀井氏が整えてくれた事が、レガッタ期間中にストレス無くレースに集中出来る大きな要因だった。短い時間を有効的に使うためには準備が不可欠なのだ。

艇の受取からセットアップそしてレースへ。異なった環境でいかに、無駄なく通常どおりのことが出来るかはレースに大きな影響を与える。
「場慣れをする」とゆう事は非常に重要な事なのだ

オーナー亀井氏とキャプテン小池氏のチーム創り、キャンペーンのコンセプトが確実に進められた結果、2年目で大きな成果を出しはじめたのだと思っている。さらに今年は全レガッタ同じメンバーでセーリングを行うことができた。役割分担から6人のセーリングに関する意識を共通にすることができたのが良かった。

昨年ジョイントしていた山田・中村は現在470級オリンピック代表に最も近いチームである。P25でのセーリングが彼らに与えた影響は想像より大きいのではないか。ディンギーとキールボートの特性を持つP25で活動するteam Brosは、これからの日本のセーリングスタイルを変えてゆく活動を行っていこうとしているのかも知れない。
果たして07世界選手権はどのような結末になるのだろうか。

バルト海での熱いレース
酷暑の日本からは一転、寒さを感じるドイツ北部の街ネウスタッド、ドイツ最大レースの一つキールウィークが行われるキールの南側に位置する港町だ。
日本から12時間のフライトでフランクフルトへ。国内線に乗り換えハンブルグ。さらに電車に乗り込み2時間。毎回の事だが移動は辛い。同じ長旅を共にして来た、Islay・Concord(日本3チーム)。又プラトー発祥の地、タイからも(2チーム)エントリー。
参加国数10ヵ国 50チームが集結した。

バルト海でいよいよ世界チャンピオンを決定するレースが始まる。
レース2週間前まではほとんど無風状態が続いていたそうだ。チーフメジャーラーが「風が吹いて本当に良かった」と語ったように初日から25ノットを超える強風が吹き荒れ、いきなりエンジン全開のセーリングで2007世界選手権は幕を開けた。

team Bros もエンジン全開。
先にも述べたようにワールドに向けて充実したセーリングをしてきた我々は初日からの強風下でのセーリングで安定した走りをみせた。2日目までの7レースで1位を2回含むオールシングルにまとめ総合2位。「出来すぎだな」と自分達でも思ってしまうほど。しかし実は初日の3レース目にケースがあり〔我々は権利艇〕、フォアステイとサイドステイに損傷を負うトラブルを抱えてしまてっていた。権利艇であっても接触をしてしまいレースが出来ない状況を作ってしまえば何の意味もない。ただただ、レースを続行できて本当にラッキーだった。
 レースを終えて即座にマストを倒す手配。レース委員会に状況を伝えてマストを倒す許可を取り作業に入る。同時にマリーナ内にあるショップに時間外の作業を依頼し待機してもらった。マストを倒し、リギンを取り外し新規のリグを製作。しかし結局リギンは翌朝受取り、レース前にマスト建てる事になった。
2日目の朝は忙しかった。リグの取り付け・マストセット・そしてチューニング。おまけに出来上がって来たリグは予想していたが、長さが10mmも違う仕上がり。愕然とした。
しかしレース時間は迫っていた。出来る事をするしかない。

不安を抱いたままの2日目。心配を忘れるようにセーリングに集中した。
2日目を終わって2位浮上。起こしたケースは無いにこした事は無かったが、この事態に冷静に対処しそして成績を出せた事は本当にチームとしての力が向上している事を意味していると思った。
もしかしたら勝てるかも知れない。そう思う瞬間があった。
辛い3日目。
過信?驕り?油断? そんなつもりは無かったが・・・3日目。修正が効かなかった。
不運もあった。上位陣が左に集結一時はトップ集団を形勢したが。風が大きくシフト。そして右から入るブローで一気に形勢が逆転。挽回も22番に留まる。総合5位へ後退。

情けない事に3日目の時点でなんと優勝が決まってしまった。コミティーの急ぎすぎるとも云えるレース運営で、すでに10レースが消化。
この時点で〔カットレース2が決定)地元ドイツのLa Revoltosaが2レースを残して見事なスコーアでの優勝だった。
スケジュールを正式変更せずに早すぎるレース運営に賛否の声が上がったのも事実だ。しかし見事にやられてしまった。

最終日の朝。前日の良くないムードは正直残っていた。しかし最終レース。なんとしても最高のレースをもう一度。しかしライバルも同じ思い。
なかなか前には出られない。最終2レースを6位6位と硬くまとめるも無念の5位。
世界選手権、そしてteam Brosの2007年キャンペーンが全て終了した。


2007 P25 世界選手権 8月24日〜31日 ドイツ ネウスタッド 
参加艇数 50艇 参加国数 10ヵ国 ドイツ・フランス・スペイン・イタリ・デンマーク・スイス・オーストリア・オランダ・タイ・日本
公式HP http://www.beneteau25.de/
レース 全12レース〔2カットあり〕
1位 GER La Revoltosa(Joachim Hellmich)
2位 GER Flexi(Niklas Ganssauge)
3位 ESP Vilagarcia(Carlos paz Blanco)
4位 GER IMMAC Fram System(Kai Mares)
5位 JPN Bros.(Umihiko Arakawa)
6位 ESP totallogistic.es (Alberto Garcia Villar)
37位 JPN Concord(Shintaro Chono)
40位 JPN Islay(Iwai Takanori)

優勝を目指していたので勿論最高の喜び、そして最高の結果ではない。だが最終日に行われた表彰式で受け取った入賞のカップと大勢の祝福を受けて5位入賞の実感と喜びが込み上げてきた。その晩のパーティーは深夜まで続き、お互いの健闘を称え合いビールを交わし踊りまくって夜が更けていた。 

これからの・・・
今年のスケジュールは全て終了した。来年このキャンペーンが再びあるかは、現在未定だ。もしキャンペーンがあるとしても僕が同じチームにいるかも分からない。僕は職業セーラーとしてこのキャンペーンに参加した。よって次回のレースに必要ないと判断されれば戦力外通告を受ける訳だ。近年日本のキールボート界にもペイドクルーと言う言葉が浸透しつつある。現在セーリングを職業にしているセーラーも少なくない。
自分のパフォーマンスやチームの成績によって今後の生活が左右されるのだ。そんな不安定な職業ではあるが、こんな僕がこの世界で生きている事を読者の方が読んだり聞いたりしたらきっと「俺だってやれる」と思うセーラーがいるはずだ。いや、是非いてほしい。そう願う。
僕はディンギー経験がほとんどない。様々なチームにジョイントする度に学び、何とかやってきた。そんな僕からすると現在の多くのディンギーセーリング経験者は素晴らしい能力を持ったまま才能を生かさずにセーリングの世界から離れていく人が大勢いるように思うのである。才能の無い僕には非常にもったいないと思うのである。
あなたを必要としているチームは必ずある。是非セーリングを続けてほしい。

環境を変えておこう
セーラーが活躍の場所を得られるようにこれからの日本のセーリングがしなければならない事は、目指すもの、そして目指して精進し、養った能力を生かす場所を求めて行く事が必要なのだと強く思う。 
ヨーロッパでは多くのチームにスポンサーが付きプロとして活動を行っている。勿論、アマチュアチームも同等のレベルで競いあっている。 
 各チームの選手と話して判ったがディンギーでの活動をステップに今後ヨーロッパのキールボート界、そしてACへとみんな野望を抱きセーリングをしているのを感じた。勿論ディンギーを極める者をいるだろう。
だが道は狭く急な坂道であっても頂上までつながっているのだ。

今回一緒にセーリングを共にしたスキッパー荒川海彦も470オリンピックキャンペーンを経て現在ではキールボートの世界に身を投じている一人だ。メイントリマー・川西立人、トリマー・小林正季、タクティシャン・小池祐二、ピット・仲野輝美らもまた国内外で素晴らし戦歴を持つ。
それぞれの経験を生かして今回はチームとして機能し成功した。セーリングにキールボート、ディンギーのどちらが優れているとかそうゆう様な事は全く考えていない。
ただキールボートで生きている僕としては才能あるセーラーに是非キールボートにも乗ってもらいと思うのである。自分の才能を再認識して、活躍のステージを探してほしいと思うのだ。
 Brosオーナーの亀井氏はステージを僕らに与えてくれた。そして今年イタリアンチャンピオンになり世界選手獲で5位に入賞した。

今回のキャンペーンを多くのセーラーに知ってもらいたくお願いをしてレポートを書かせてもらう事になりました。team BrosP25キャンペーンを通じ何かを伝えられればと思っています。



2002 Swan World Cop 8-15 September




2年に一度イタリアで行なわれるSWAN World COP。海のロールスロイスにたとえられるほどの重厚で気品溢れるセーリングクルーザーの祭典が9月にイタリアのサルジニア島を舞台に行なわれました。1990年から始ったレースも今大会で11回目となり回を重ねるたびにエントリー数増え続けています。毎回ホストクラブを勤めるYacht Club Costa Smeraldaもその歴史に劣らぬ素晴らしいクラブハウスを保有し、大会期間中毎夜行なわれていた社交界のようなパーティーが印象的でした。SWAN COPの名のとおり各国からSWANオーナーが自慢の自艇を持ち寄り(チャーターもあるそうです)Club SwanbPの座をかけて7日間の熱い戦いを繰り広げました。今大会には24ヶ国・97艇のエントリーを集め、レースはインショアレース・アイランドレースの合計6レースのポイント総合で争われました。

 チーム「夜叉」 Swan 56
今回私が参加させていただいたチームは浦賀のベラシスマリーナをホームとする石田オー-ナー率いるチーム「夜叉」です。オーナーの石田さんはヨット歴30年以上のベテランで4/1トンやJ24での経験が豊富で長年レース活動を行なってきた歴史を持つチームです。今回のSwan Copにチャレンジする事が決まった昨年暮れから編成が始まりオリジナルクルーを含む総勢16人のメンバーでレースに臨む事が決定しました。

オーナーの選択・・・レースのために
 造船所からレースの行われるイタリアへ新艇を直接輸送せずにまず、日本でチューニングとレーシングモードへの転換、そしてトレーニングを行なう事を目的とした輸送を行い3月中旬に横浜港に到着。NAUTORS Swan Japan 代表の神影氏と私は横浜港へ艇の受けとりに向かい久しぶりに見る大型艇に圧倒されました。そして何のよりワクワクした気持ちでいっぱいになる自分がいました。様々な船に乗ってきたけれど大きな船に乗る時のなんともいえないゾクゾクした感じは何時になってもなくならない気がします。
 この日から夜叉とのセイリングが開始しました。オーナーのリクエストは「レースに勝つために最善を尽くしてほしい」と言う一言。
私はマスト・儀装のレースチューンアップを任せてもらう事になりました。レーシングボートと違いデッキレイアウトはけしてクルーワークがスムーズに行なえるようにはなっていので、少しでも作業しやすくするために様々なアイディアで儀装を変えてゆきます。また船体重量が23トンとACボート並の重量があるため使用するランニングリギンやハリヤードなどの強度なども慎重に選択しなければなりませんでした。
セイルはノースセイルジャパンの菊池氏が担当。今回特に面白い試みとしてはジェネカー(非対称スピン)を多用すると言うアイディアでした。IMSではジェネカーを使用するとレーティングが高くなる傾向があるためあまり使用されていませんが、Swan Copにはその規定がないためかなり有効な効果を齎すとの判断で使用することになりました。(現在新しいスピンをお考えの方は選択の一つに入れてみても良いかと思います。しかしレーシングジェネーカーはスピンポールの取りまわしや儀装を少し加える必要があります。)
4月からマストチューニングとトレーニングが開始され再び船をイタリアへ輸送する間の7月上旬までに合計6回のトレーニングを行い様々なテストやクルーワークの確認に時間を費やしました。この時間こそ大切なのです。海外レースの経験をお持ちの方はお分かりになると思いますが現地に入り船の状態をレースモードにする事がどのくらい大変で時間かかる事か。その事だけにレース前の大事な時間を費やしていては、けして良い結果は望めないのです。(国内レースでも同じ事が言えるでしょう。準備のままならないチームに勝利はありえないのです)普通なら海外で造船しレースも国外するのなら、日本に一度輸送し、事前準備をすると言う事の重要性は分かっていても、なかなか出来る事ではないと思います。コストの面で大きな負担が乗じる事になるからです。しかし今回の石田オーナーは「レースに勝つために必要な事はけして妥協しない」ということが第一優先でした。そんな姿勢を見せて頂き私達はレース中高いモチベーションを持ち続ける事が出来たのだと思っています。

残暑が残る日本からイタリアへ
9月4日 成田空港発−ローマ12時間のフライトの後、国内線に乗り換えて地中海に浮かぶサルジニア島へ到着したのは現地時間深夜1時。飛行機の中で汗ばんでいた体をさわやかにしてくれる心地よい風が出迎えてくれました。空港から車で40分かけて宿泊場所に移動して26時簡の旅がようやく終了。明日は早速セイリング開始です。
時差ぼけと頭の周りを「ぷーん」と飛び交う蚊のおかげでほとんど眠れずに朝を迎えましたが窓からさす日差しに気づき無理やりベッドから抜け出して目を覚ました。みんなも眠そうにおきてきて8:30にミーティングを開始。これからのスケジュールの確認と役割分担などを決めハーバーに向かいます。それから5日間レース海面でのセイリングと実戦に近かたちでクルーワークをこなし前大会で行われたアイランドレースのコースを実際に走るなどの模擬レースを繰り返し行いレースに備える毎日を送り、体と気持ちをレースモードに切り替えていく事になります。

MAXI World
現地に入った翌日からちょうどMAXI Worldが行われており私たちが準備をしている横で70ftを超える超大型艇がずらりと並び、思わずため息が出でしまうほどの美しさと、大きさからくる圧倒的な存在感は圧巻でした。
18艇のフリートが一斉にスタートする姿は「感動!」というしかありません。その一艇、一艇が細部にわたり整備され美しく輝いているのを見るとセイリング文化の歴史を垣間見たような気がします。


ブレザーを着て出かけよう!
Yacht Club Costa Smeraldaの正面ゲートに集合した私は普段あまり着ないブレザーにネクタイを締めいつもよりちょっとだけ気取ってパーティー会場へ続く螺旋階段の下で開場時間を待っていました。大会前夜ホストクラブ主催のウエルカムレセプションのためにクラブが解放されるのです。普段は勿論クラブメンバーだけが入場を許される訳でメンバーと一緒でなければエントランスから奥には入れません。階段下には細身のパンツに身を包んだいかにもイタリアンデザインを感じさせる制服を着たセキュリティーが入場者を見守っています。知ってか知らずか短パンで訪れてしまったクルーを呼び止めてはその格好では入場できないことを告げている姿を目にしました。クラブの品位を守るためなのか、いくらレース前夜祭といえども入場を許されることはないようです。
会場ではシャンパンが振舞われ明日から始まるレースについて、はたまた久しぶりに会う仲間との会話ですでに会場は盛り上がっています。主催者の挨拶に続きNAUTORS Swan のオーナーであるフェラガモ氏(有名ブランドのフェラガモ氏です)が挨拶に立ちました。今回彼は所有するスワンでレースにもエントリーしいて自らスッキッパーとしてセイリングを楽しんでいました。
こんなパーティーが毎晩行われていて、開始は9時くらいから、そして深夜まで盛り上がっていたようです。夜の苦手な私は、一足お先に夢の中でしたが。

ミストラル 35ノット
いよいよレース初日。97艇のエントリーを4クラスに分けてレーザクラス・クルージングクラス順でスタート。
50艇のビックボートがラインに並ぶ。きっと外から見たらすごい光景だろう。
スタートの時点で風速はすでに20ノットを超えていました。第一レースはアイランドレース。42マイルの無数に点在する島と島の間を縫うように走っていくレースです。日本で行われる島回りとはまた違った楽しさと難しさがあり、一番長いレグでも6〜8マイルほどで進む方向が変化してゆくのでクルーは常に次の展開を頭で想定し、どんなアクションになるか考えていないと直ぐに次のポイントが近づいてきます。タクティシャンも同様、瞬時に判断を要求されるインショア・レースをしているようなエキサイティングな展開が続きまました。
スタートしてすぐに2/1ほどの海峡に50艇がタッキングを繰り返し突っ込んでいく格好になりました。目の前を70ftが横切っていくかと思えば我々がスターボードタックで走っていると前を切れない!と判断。112ftの最大クラス艇が爆音を立ててセイルをリリースしバウダウン。スターンをあっという間に走り抜けていきます。海面は引き波と20ノットオーバーの風によって立ち始めた波で海面はタフになりバウマンの私は56ftとはいえども勿論ずぶ濡れ。風は次第に強まっていきました。
先行していた艇がハリヤードトラブルでメインセイルが落ちリタイヤを余儀なくされていたり、アウトホールが壊れてセイルがシバーしたまま立ち往生していたりと各艇トラブルに見舞われていりようでした。
それでもさらに風は強まりレースも中盤を向かえ、ダウンウインドセイリングになった時には30ノットを超えボートスピードは15ノットオーバーのエキサイティングセイリングになり多くの艇を抜き去りました。そのままフィニッシュラインまで走りきり初日を総合4位の好スタートを切ることになったのです。
六日間のレース期間にはレイデイ(レースの休息日)もあり合計アイランドレース4本インショワレース2本を消化しました。2日目以降はあまり風がなくまた安定しない日がほとんどで急遽インショワレースの予定日に海上で臨機応変にショートアイランドレースに変更といった具合に、日本ではちょっと考えられない事があり私たちも少し驚きました。しかしそれもすべて参加が楽しくレースをできるようにとの配慮で結果レースが成立し成績が出ているところは感心するところです。
総合成績13位(97艇)ポイント差でいえばベスト10以内に十分入れたと思える走りをしていただけに後悔が残りますが勝負で出た結果ですからその後悔を今後のセイリングにまた生かしていきたいところです。
総合成績 (97艇) 
1位 FAST.NET Aクラス GBR6770R
2位 LOLITA   Bクラス USA50056
3位 RUSH     Bクラス USA51688
13位 YASHA    Bクラス JPN6031

Bクラス(25艇)
1位 RUSH   USA51688
2位 BLUE   GBR4846
3位 LOLITA USA50056
6位 YAHSA  JPN6031

ヨーロッパで行われるレースに出るのが今回初めてになった訳ですが当初思っていたような大きな差は特に感じられずやはりどこの国でもヨットレースはヨットレースなんだと改めて思いました。そしてSwan Copに対して少し敷居の高いイメージを持っていやのですがけしてそんなことはなく、言ってみればSwan Clobeレースと言った意外とのんびりした雰囲気が漂うレガッタでした。セイリングを堪能しそして毎夜行われるパーティーで大いに騒ぎ酒を酌みまわす。そんな当たり前にヨットをまじめに楽しむ人たちが集まるすばらしいレガッタでした。私自身も十分楽しみそして真剣にセイリングをしてきました。今回のこのレガッタへ参加できるチャンスを下さった石田オーナーに心から感謝しています。また一緒にセイリングをした仲間には本当に助けてもらいました。また同じメンバーですばらしいセイリングが出来ることを楽しみにしています。ありがとう。

Swan Cop 情報
 Swan American Regatta 2003
  27july−2Augasut 2003
  Newport,Rhode island USA

Swan EuropeanRegatta 2003
 27july−2Augasut 2003
 Cowes,Islo of Wight UK

上記の日程で各レガッタが行われるそうです。詳しくはホームページをご覧ください。今回のレガッタの情報も掲載されております
URL http://www.swancup.com/
    http://www.nautorup.com


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